先日、私のツイートがバズった。
4,000回以上シェアされ、7,000以上いいねを頂いた。
そのツイートがこちら…と紹介したいところだが、引用元に個人情報が含まれるのでスクリーンショットをどうぞ。
インプレッションはこちら。
決して拡散を狙ったツイートではなく、バズは青天の霹靂だった。
ツイートがここまで伸びたのは初めてなので、ビビった。
しかし、多くのことに気がつくことができた体験だったと感じている。
特にバズの最中にいただいたコメントには勉強させていただいた。
そこで今回は、バズったことで気がついたことや、感想をまとめてみよう。
ことの経緯
もともとは、あるコンビニを訪れた男性のツイートがきっかけである。
*個人情報があるのでリンクを載せるのは控える。ツイッターで検索すれば出てくる
基本的には、次のような流れだ。
- ある男性が仙台市にあるコンビニの店内で「当店を支える外国人スタッフの紹介です」と書かれた外国人店員を紹介したボードを発見し、撮影
- 「もっとこういうお店が増えればいいな」とコメントをつけて写真をツイート
- 「素晴らしい取り組み!」と、多くの人の支持を受け、万単位で拡散される
なお私が見つけた時点で、2万回以上リツイートされ、いいねは4、5万は行っていた。
さて、ここまでは普通の話。
しかし、問題はそのボードの内容であった。
「当店を支える外国人スタッフの紹介です」と書かれたボードに、外国人店員の顔写真、名前、出身地があり、その下には店長の「日本のルール、マナーはまだまだ未熟です。失礼がありましたら心よりお詫びいたします。これからも、あたたかい応援を宜しくお願い申し上げます。」というメッセージが添えられていたのだ。
私はこの個人情報の扱いとメッセージは、意図とは違う解釈を生んでしまうと思った(差別など)。
批判のツイートをすると、これが共感や反感を呼び、4,000回以上のリツイート、7,000以上のいいねをもらうこととなったのである。
なお、日本経済新聞によると、騒動によりボードは取り外されることになったという。
外国人店員の人物紹介賛否 仙台のコンビニ内に掲示 :日本経済新聞
初めてツイートを見た時のこと
ツイートを発見して愕然
さて、このツイートをタイムラインで見つけた時、体が固まったのを覚えている。
「こんな掲示物アリなの!?」とビックリする内容だったからだ。
- 個人情報が詳しすぎる。危険ではないか?
- 外国人従業員だけが紹介されるのは差別ではないか?
- 謙遜でも「まだまだ未熟」は、彼らを傷つける表現ではないか?
一生懸命作られたボードに、悪意のないことはわかった。
愛も感じる。
しかしこの表現は差別になりうる、もしくは助長するのではと心配した。
自分や移民仲間の苦労を思い出した
この時、自分がフィンランドの病院で働いていた時のことが蘇り、こう考えた。
「私の上司がこのようなボードを作り、『まだまだ未熟です。みんみ 出身:日本』と書いたらどう思うだろう?ショックを受けて泣くだろう。」
そしてもう一度、ボードを見た。
すると、今度は日本語や英語の能力がシールで示されており、人によってはパートナーの有無や容姿へのコメントがあることに気がついた。
私はさらにビックリ仰天した。
母国語以外を使って暮らす人にとって、言葉はデリケートな問題である。
特に人と比べられるのは、最も傷つくパターンなのだ。
多くの移民とフィンランド語を勉強してきたが、学びの早さは人それぞれ。
それでも、語学力を人と比べて悩む人は少なくない。
また病院で一緒に働いていたタイ人の同僚を思い出した。
彼女はフィンランド語が堪能な優秀な職員だった。
外国人という理由で、トラブルメーカーの私と並べて張り出されたら、彼女のプライドは傷つくに違いない。
パートナーの有無や容姿へのコメントも気になった。
仲良くなった同僚に「付き合ってる人いるの?」と聞いたり、「かっこいいね」とコメントするのはアリかもしれない(ナシかもしれない)。
しかし、気をつけなければハラスメントになりうるだろう。
さらに、ただでさえ顔を覚えられやすい外国人である。
ここまでプライベートを掲示されたら、きっとトラブルになるはずだ。
驚くほどの賞賛コメント
驚きに追い打ちをかけたのは、その賞賛の多さだった。
「ステキ」
「素晴らしい取り組み」
「これぞ多様性」
etc…etc…
外国人店員へひどい対応をする客がいる背景は解るので、みなさん、そこに反応したのだろう。
優しさがコメントに溢れていた。
しかし、表現が問題なら、やはり問題だと言うべきだと思った。
ボードを真似する店が出てきたとき、この形式がテンプレートになったら大変である。
私は「意図は解るけど、この表現はダメ。ちゃんと反対意見があることも示さなくては。」と義務に近いものすら感じていた。
バズは突然、訪れる
正直、私のツイートが拡散されるとは思ってもみなかった。
それから2日ほど通知が止まず、怖くなるくらいだった。
おそらく、
- 人気ツイートの引用だったこと
- 心から書いたものであること
- 多くの人が感じたモヤモヤを言語化したこと
- 一方、一部の人には大きく反感を買う内容だったこと
など、多くの人の共感と反感を得るものだったのだのが原因だろう。
世の中にはいろいろな人がいる
バズっている間、私のツイートには多くのコメントが寄せられた。
小学生の感想か!…と言われそうだが、おかげで「世の中には、いろいろな考えをする人がいる」と実感することができた。
- 賛同
- 反対
- 賛同だけど、部分的に反対
- 反対だけど、部分的に賛同
- 激怒
- その他
コメントは主に上記のような感じだったが、それでも1人1人が違う切り口を持っていた。
とても勉強になった。
反対意見も貴重
私のツイートにお怒りの「激怒」の方も少なくなかった。
辛辣なコメントもいただいた。
基本的には、
「善意なのに、こんな風に批判するなんてヒドイ」
「本人が良ければそれで良いではないか」
という内容だった。
きっと心の優しい方々なのだろう。
ご意見に賛同はできなかったが、こういう見方の人もいると知ることができた。
ただ「私のツイートだって善意でしたよ」とは言いたいが…。
ちょいちょいある人格攻撃
一方で困ったのは、批判を超えた人格攻撃だった。
「どういう神経をしてるんだ、みんみって人は」
というものから、
「きっと、みんみはヒドイ奴だ」
と半分決めつけた文章もあった。
気にしないようにしたが、堪えた。
結局「お話ししても、お互い消耗するだけだろう」とブロックした。
人格攻撃にはブロックが1番だ。
「拡散させている」と思われる
ところで、私のツイートに「こんなに『拡散させて』どういうつもりだ!」と怒っている方がいて「んん?」となった。
バズると、ツイート主が自ら情報を拡散させている、と勘違いする人が一定数いることが解った。
コンビニの件に関して、私が「ツイート拡散させた」と思っている人の意見をちょこちょこ頂くのですが、私はツイートを「拡散」させることはできません。ブログ記事更新ツイートなんて拡散したくても、拡散されないし…。ましてや共感を強制したわけでもないです。
— みんみ🇫🇮フィンランドブログ (@mimmi_nurinpain) June 20, 2019
芸能人やインフルエンサーなら「拡散させる」は正しい表現だろう。
しかし、私がシェアできるのは自分のフォロワーさんまで(その時、540名ほどフォロワーさんがいた。いつもありがとうございます)。
当たり前だが、フォロワーの枠を超えて拡散させるのは不可能だ。
もし自分でツイートを拡散させられるなら、ブログ記事の更新ツイートが拡散されないのはなぜ(泣)?
このようなことに気がつけたのは、バズを経験したおかげである。
ツイートは思い。重い。
さて、冒頭にも書いたが、ここまでツイートが拡散されてビビった。
特にリツイートが100を超えたあたりから、恐怖と責任を感じるようになった。
ツイート内容が、ある「良い人」と思われる人の行為の批判だったのも関係している。
「もっと違う表現ができたのではないか」
「引用リツイートは正しい選択だったのか」
…と悩みはじめた。
自分と日本で暮らす外国人を重ね、思いを込めたツイートであることは間違いない。
それでも自分が選んだ言葉が与える影響を考えた。
ツイートの重さを、ヒシヒシと感じた。
アカウントを非公開にしようか、いっそツイートを削除しようか悩んだ。
それでも、ボードに対する賞賛の中にも、反対意見があることは大事だと判断し、公開を続けることにした。
ツイートには責任を持つ
今までもツイートの内容には気をつけてきたが、今回の件でより慎重になることにした。
ツイッターの魅力のひとつは、気軽さに違いない。
しかし、オープンな空間である以上、責任も伴う。
また、どんなに気をつけても、善意のボードが差別と多くの人に受け止められたように、私の善意も違った受け止められ方をすることもある。
反対意見を聞くことの大切さも感じた。
反対意見を伝えてくださった方から、学ぶことも多かったからだ。
全て賛同なら、おごった考えを持つようになっていただろう。
- ツイートには責任を持つ。
- 言葉は「重い」
- 反対意見も聞く
今回のバズで多くのことを学ばせてもらった。
フォローワーさんも増えたので、多くの人に配慮したツイートを心がけようと思う。
長い文章を読んでくださり、ありがとうございました。
ではまた!
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