フィンランド語エッセー①許さなくても慈悲深く

選んだフィンランド語表現をテーマにしたエッセー。
第一回は「Ole armollinen itsellesi.」です。

 

私には自虐したり「自分はダメ人間だ」と悲観的に言ってしまうクセがあります。

そんな私に「Ole armollinen itsellesi.(オレ アルモッリネン イトゥセッレシ)」と声をかけてくれた人がいました。

これはフィンランド語で「自分に慈悲深くなれ」という意味。

最初は宗教っぽい響きに距離を感じた表現でしたが、今はたびたび心の中で繰り返す言葉になりました。

Ole armollinen itsellesi

 

読み: オレ アルモッリネン イトゥセッレシ

意味: 自分に慈悲深くあれ/情け深くあれ

 

Ole: 英語のbe動詞の命令形にあたる
armollinen: 慈悲深い
itsellesi: あなた自分に

 

発音確認: Ole armollinen itsellesi. – Google 翻訳

「許す」ではなく「慈悲深くなる」

よく「自分を許せ」と言う人がいます。

これは、

  • 自分に厳しくしすぎるな
  • 自分に優しくなれ

といった意味が含まれます。
不完全な自分を認めることも大事だ、というメッセージでしょう。

しかし、私は自分を許せないまま生きています

まず、許すことは自分を甘やかしている気がするから。
自分の中に許せない性質があるので、許すなんてとんでもない、と感じている節もあります。

でもフィンランドで「自分に慈悲深くなれ」と聞いたとき、ふと「あ、それくらいなら私にもできるかも?」と思いました

私は自分を許すことはできない。
でも自分に慈悲深くはなれる、と。

慈悲はいつくしみ、あわれむという意味。
情けをかける、かわいそがってあげる、と言い換えることもでるでしょう。

「許せ」は模範行動を強制されている印象ですし、0か100かという二択になりがち。

でも「慈悲深い」はあくまで心持ち
自分の優しさに語りかけているに過ぎず「完全には許さないけど、ちょっと許す」といった風に柔軟性があります。

自分を許せない人も、自分に慈悲深くあることはできるのではないでしょうか。

怒りをすっ飛ばすと許しは来ない

世間では許すこと、怒らないことが大人の対応だと言われたりします。
でも、許しは怒りの後に来るものです

誰かの悪口を言った後に、

「まあでも、良いところもあるよね」
「ちょっと言い過ぎたかな」
「あの人も、事情があったのかも」

と許しの気持ちが湧いて来た経験が誰にでもあるはずです。

一方、怒りのプロセスをすっ飛ばし、いきなり許そうとすると上手く行きません。
怒りの炎は燃えたまま、しかも怒りを我慢するから炎はもっと大きくなる。

だから、私は怒る時は徹底的に怒ったほうがいいと思っています

 

しかし、いつだって怒りをぶちまけられる訳ではありません。
また、怒りの対象が自分自身になると問題です。

自分の悪口を言ってスッキリした例がないですし、自分と物理的に距離を置くことも不可能です。
怒りのプロセスは大事だと認識しつつも、早く許しのプロセスに入らないと辛くなります。

そんな時、私はOle armollinen itsellesi.と唱えます。

許すのは難しくても、自分の「慈悲」や「情け」にすがり、

私って不完全で憎たらしい存在だ。
ああ、哀れでかわいそうなヤツめ…。

と、つぶやいてみる。
少しは「慈悲深い自分は器が大きくて、素敵じゃないか」と思えてきます。

自分でも他人でも、許したいけど許せない時は「Ole armollinen itsellesi.(オレ アルモッリネン イトゥセッレシ)」と唱えてみては?

片桐はいりさんのフィンランド滞在エッセー