無邪気な消費者だった-ゴミ拾い散歩とプラスチック | Free and Light

無邪気な消費者だった-ゴミ拾い散歩とプラスチック

散歩ついでにゴミ拾いをしている(プロッギングと言うらしい)。

ノルマは、コンビニの小さなビニール袋がいっぱいになるくらい。

20分くらいの散歩でも結構な収穫になる。

ビフォー
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アフター
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別の日のビフォーアフター。

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うちの近所にはたくさんゴミが落ちている。

湖周りのゴミを中心に拾っているのだけど、お菓子の袋がたくさん捨てられていて悲しくなる。

使い捨て注射器の袋を発見することもある。

ドラッグをやる時に使うのだろう。

針は見当たらないから、湖に投げ込んでいるのかもしれない。

無邪気な消費者じゃいられない

目立つのはやはりプラスチックゴミだ。

マイクロプラスチックの問題もあるので、最近はきちんと捨てられたものでも、プラスチックならなんでも気になるようになってしまった。

スーパーに行くたびに「これはプラスチック容器、こっちは紙」とブツブツ言っているので、夫にウザがられている。

気にしすぎて、やっかいな精神状態と言えるだろう。

お店に並んだ楽しげなハロウィーングッズも、すぐゴミになるプラスチックに見えてしまうから重症である。

今まで楽しく読んでいたブロガーさんの記事も「○○しました~★」という楽しげな報告を読みつつ、「待って。○○は良いけど、一つ一つが真空パックに包まれているし、すべてゴミになるのよね…?リサイクルにも限界があるでしょうに…」と批判的に見てしまう。

この社会でプラスチックを避けるなんてほぼ不可能なのに、少し脅迫観念ぽくなってしまっている。どうにかしたい。

私だって食品でも日用品でもプラスチックをゴミとして排出してるので、誰の批判をできるわけではない。

とりあえず「好き」だけを理由に物を買う、無邪気な消費者ではなくなってしまったのは確かだ。

エコを考えるのは大切なのだけれど、知らなかった方が楽で幸せだったかもしれない。

 

エコってやっぱり難しいよ…エコと倫理感

やっかいついでに、最近思ったことを。

先日ツイッターで、「インスタグラムをする人がインスタ映えするアイスクリームを買って、写真を撮ったら食べずに捨てている。いかがなものか。」というツイートと写真が話題になっていた。

このような行為は「パシャ→ポイ」と呼ぶらしい。

ツイッターに回っていた写真は、アイスのコーン部分とコーンについたトッピングがゴミ箱に捨てられた写真だった。

※捨てられたコーンとインスタグラマーとの関連は定かではない

そのツイッターの返信欄に「コーンを捨てるならカップで頼めば良いのに」というコメントがついていて「あっ!」と思った。

たぶんアイスのコーンを捨てるより、紙カップとスプーンを捨てる方が環境には悪い。

しかし人間とは矛盾したもので、環境へのインパクトが強いカップやスプーンを捨てるより、食品を捨てる方が心が痛むのだ。

レストランで料理が余ったら持って帰って「食べ物を大切にした」と思っても、実は持ち帰り用のバッグの方が環境に悪いこともある。

以前、日本人の「もったいない精神」は環境保護からみても素晴らしい、という評価があったらしいが、ミニマリズムや断捨離同様、「もったいない」の中身をよく考えないと意味がないのだ。

 

良いことをするとご褒美もある

と、考えすぎて人生が面倒くさくなってしまったと感じるこの頃だが、良い面もある。

ゴミ拾い散歩で、地面をじっくり見るようになってから、かわいいキノコに遭遇するようになった。

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ゴミ拾い中に「コッコッコッコ!」と木を叩く音が聞こえたので、周りを観察してみると、生まれてはじめて間近にキツツキを見ることもできた。

やっぱり自然っていいし、大切にしたい。