実家の片付けの苦労を描いた『家族が片付けられない』が深かった件

『家族が片付けません』表紙

先日、キンドルで井上能理子の『家族が片付けられない』を読んだ。

作者がズボラな家族と格闘するお笑いエッセイ漫画と思いきや、家族の問題を描いたメチャメチャ深い話だった
実家の片付けに悩んでいる人におすすめだが、自分の家の片付けに苦戦する人にもおすすめ。

というわけで、今回は『家族が片付けられない』の感想をまとめた

 

あらすじ

「家族が片付けません」より引用1

『家族が片付けられない』p. 15より

「うつ病になりかけている」と医師に告げられたマンガ家兼ライターの能理子(のりこ)は、休息のために東京から帰省する。
しかし、久々に帰った実家はゴミ屋敷に変わり果てていた

母、成人した妹弟には、片付けやそうじの習慣がなく、ゴミが室内やベランダに放置される汚部屋状態。
「うつを治すどころじゃな~い!!」と、能理子は実家の大掃除をはじめる。

最初はキレイなっていく家に喜ぶ家族。
しかし、片付けが進むにつれ、能理子と衝突するようになる。
片付けを通して家族が抱える問題が浮き彫りになっていき悩む能理子だが、それは「毒出し」の作業でもあった…。

家族 X 片付け = 大変

先日読んだアメリカの有名なミニマリストの本に「ミニマリズムは20代で子どもも家族も何の拘束も持たない白人の独身男性のものだけではない」と書かれていた。

 

しかし、一人暮らしの独身者の方が、ミニマリスト的なライフスタイルをしやすいのは事実だ。
いくら自分の持ち物を減らしても、家族の持ち物があふれた家でスッキリ暮らすのは難しい。

特に日本の小さい家では、家族とシェアするスペースが広い。
「スッキリ」を目指すと、どうしても共有スペースを整理することになる。

すると、反発を招いたり、協力的でない家族に不満を抱えることになる。

「家族が片付けません」より引用3

弟に詰め寄る能理子。

『家族が片付けられない』p. 62より

 

漫画のように基本的な片付けさえできていない場合も同じで、共有スペースの片付けが家族に軋轢を生むこともある。

これは自分の領域を侵されたような気持ちになったり、片付けられない自分を責められている気がしてしまうからだ。

私も家の片付けを始めた時、母や父に居心地の悪そうな顔をされた思い出が…。

みんみ

だからと言って、共有スペースの掃除や片付けを放置すると、汚部屋はそのままキープされてしまう。
家族が絡む片付けは、とにかく大変なのである

実家の片付けに取り組んだ人なら、この漫画に共感する人も多いだろう。

ゴミが自分の一部になってしまう

家族が絡む片付けが大変なのは、もう1つ理由がある。
それは、家や物が、家族の体の一部になってしまっていることだ

漫画に、能理子と同じように「片付けられない家族」を持つ幼なじみが出てくる。
彼女は「庭の木に虫が湧いて近所から苦情が来たから、木を切ろう」と親に提案するも、「絶対に木は切らない」と大抵抗を受ける。

その時に「もやはゴミも自分の一部なんだよ」と言っていたのがおもしろかった。

「家族が片付けません」より引用2

『家族が片付けられない』p. 118より

 

もちろん、誰でも思い入れのある品物を一つや二つ持っているものだ。
しかし、虫が湧くほど放置した木を絶対切りたくないと言うのは、まさに「ゴミも自分の一部」の状態だ。

自分の一部は、娘や近所に迷惑がかかっても捨てられないのである

片付けられない=心の問題

ところで以前、「ホーダー(horder)」と呼ばれる、物を溜め込み、ゴミ屋敷に住む人のドキュメンタリーを見たことがある。
ゴミ屋敷の片付けに立ち会ったのは片付けコンサルタントでも、便利屋でもなく精神科医であった。

このことからも分かるように、片付けができないのは心の問題である

心の問題から物を貯め込む人は、物を捨てることに、自分の腕や指を差し出すような不安を感じる
物はその人の砦であり、一部だと錯覚しているのかもしれない。

それでも他人なら「しょうがない」で済む。
しかし家族、しかも同じ家に住んでいる場合はそうもいかない。
強硬手段をとるか、心の問題に向き合わなければならない

家族が絡む片付けは大変なのだ…。

片付いた部屋=居心地の良い部屋…ではない

漫画で印象的だったのは、片付いた部屋が必ずしも居心地の良い部屋ではない、と描かれていた点だ。

多少散らかっている方が落ち着く人もいるし、片付いた自分好みの部屋にいても「ここにいたくない」と感じる場合もある。

「家族が片付けません」より引用4

『家族が片付けられない』p. 103より

実は私にも、この漫画のような友人がいた。
一人暮らしをする大学の同級生で、私は彼女の家が大好きだった。

ゲーム類やおたくグッズが散らばった部屋だったのだが、むしろそれが良かった
今思えば、大らかな彼女に「こんな風に暮らしても良いんだよ」と許しをもらった気になったからかもしれない。
(彼女の家は他の人にも人気だった)

居心地の良い部屋に決まった形があるわけでない。
人に迷惑をかけず、自分の首を締めない限り、自由にのびのびできる部屋に住むことで、幸せになる人が増えるのではないだろうか。

家=自分や家族に許しを与える場所であってほしい、とこの漫画を読んで思った。

部屋はこころを映す鏡

「家族が片付けません」より引用5

『家族が片付けられない』p. 95より

最後に、この漫画で「家に帰って来て、ドアを開けた瞬間の印象が心の中の風景」と描かれていたのには「なるほど!」と膝を打った。

だれでも経験があるだろうが、心に余裕がないと掃除が億劫になる。
まるで今の自分の心を映す鏡のように、部屋が荒れる。

しかし、家にいると荒れた部屋に気付けないことが多い。
でも、外出から帰ってくると「うわっ、汚い!」とか「寒々しているなぁ」と思ったりする。

漫画は「自分の心を部屋を通してみているのでは?」と指摘する。

家に返って来た瞬間に「自分の心が見える」と考えれば、自分の状態を知る良いバロメーターになるのではないだろうか。

まとめ

軽いお笑いエッセイ漫画と思いきや、家族について考えさせられる作品だった。

絵柄もかわいく、読みやすいのに、心の奥までよく観察されている。
ここに書いた感想以外にも「なぜ片付けたいのか?」などを考えるきっかけも与えてくれた。

最後に漫画自体をどうこう言うわけではないが、猫を飼っているのにゴミ屋敷なのは大いに問題だと思う…。

ではまた!

こちらは、より具体的な片付け方が載っています。